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小林麻央乳がん闘病生活からご逝去に至るまで‥海老蔵の会見に涙幼い子供たちは‥ [芸能]

今回は、小林麻央さんの乳がん発覚から闘病生活、ご逝去に至るまでをまとめました。

6月23日早朝。
市川海老蔵さんのブログが、『人生で1番涙した日』という内容で更新されました。

おそらく日本全国で、『まさかね…』なんて、
嫌な予感なら当たらないでほしい。
そんなお気持ちの方ばっかりだったと思います。

願いは届かず、麻央さんは帰らぬ人となられました。

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こんなに素敵な方の命を奪うなんて…
残酷ですね。
 
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小林麻央 乳がんが発覚するまで‥病院の判断は誤診だったのか?





さかのぼること約3年半前。

2014年2月。
麻央さんは、夫の海老蔵さんと共に都内病院にて人間ドッグを受診されます。
その時、たまたま左乳房に腫瘍が見つかり、
医師からは、半分くらいの確率で癌であるかもしれないと診断されました。

後日、再検査をするも『癌である』とは、診断されず、
半年後の再検査とりました。

ネット情報によると、最初に人間ドッグへ行ったのは、
赤坂にある山王病院。

その後、再検査を行ったのが、港区にある虎の門病院だと言われています。
しかも、担当したのが、これまで2000人以上の診察経験のある
東大医学部出身の乳腺外科部長。(2chでは、人物特定までされています)

都内にある乳腺科の病院のしかも外科部長。
日本全国で考えても、トップクラスの技量を誇るお医者様だったことかと思います。

また、海老蔵さん一家かかりつけの病院。
適当に診察されたということは、ほぼないに等しいでしょう。

となると、技量をもった医師でも、見つけるのが困難だったと言えます。


その当時、授乳中であったという小林麻央さん。

授乳中の乳がん発見は、実は非常に難しいと言われています。

目に見えるしこりがあったとしても、母乳の固まりであったり、
授乳中のトラブルなのか、乳がんなのかの判断もきわどいラインなのだそうです。

ただ、麻央さんのお母様も乳がんの闘病生活のご経験があられます。

もうすべてが、たらればになってしまいますが…

ただ、どこかで、だれかが、いや先生が、

『きちんと検査してみる?』

その一声さえあれば、こんなことにはならなかっただろうに・・・
そう、悔やまれてなりません。

再検査をしたのは、8ヶ月後。
そのときには、脇にもしこりが発覚し、『95%癌である』との診断を受けます。

2014年10月21日。癌の告知。

このときには、すでに脇とリンパ節にも転移していました。

 
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小林麻央 乳がん闘病生活!空白の1年半とは何だったのか…





2016年6月9日。

市川海老蔵さんの会見を開き、
『麻央さんが、進行性の乳がんであり1年8ヶ月闘病生活中である』
ということを公表されています。


2014年10月の乳がん告知から、約1年半。
麻央さんは、非標準治療と呼ばれるもので、治療をされてきました。

ここが、『空白の1年半』と呼ばれている期間になります。


再検査の結果で、『乳がんのステージⅢ』と診断された麻央さん。
医師からは、抗がん剤治療や、手術を提案されますが、同意には至らず、
同病院を去られることになります。


お子様が小さかったことや、生活が一変することを嫌がったのか、本心はわかりません。


その後、2014年11月~2016年春まで、標準治療(手術や抗がん剤治療)は受けず、


あくまで推測になるようですが、
「亡くなったお相撲さん、女優さんのような治療」ということから、
鹿児島にある「UMSオンコロジークリニック」でしか行われていない
「四次元ピンポイント照射療法」を受けていた模様です。



「四次元ピンポイント照射療法」とは…

「X線による放射線治療の一種で、病巣に対してピンポイントでガン細胞に放射線を照射しようとしても、呼吸の微妙なズレで誤差が生じてしまうが、そのズレに合わせて角度を少しずつ変えてX線を、より正確にガン組織だけに狙い撃ちできるので他の正常な組織を傷つけることが少ないため、患者の体の負担が軽くてすみ、痛みもなく、治療後も体調は変わらず運動もできる」といったもので、治療期間は1週間から3カ月、1回の治療時間は5分から長くて小一時間、通常150万円から250万円ほどの自由診療のため、費用がかさむが、治療費が年間で300万円を超えると低額になり、500万円を超えるとそれ以降は無料になるという。」


出典:女性セブン



個人的には、ここが2つ目の後悔だと思います。
もちろん、ご自身の意志やご家族で話し合って手術を行わないと決められたのでしょうけど、
この時もし、抗がん剤治療を始められていたら…

もしかすると、結果は変わっていたのかもしれません。


2016年に聖路加国際病院を受診した時には、
乳がんが皮膚から飛び出て潰瘍化した通称『花咲き乳がん』という状態で受診され、
肺転移、骨転移も併発。


ステージⅣだったようです。


もはや、緩和ケア科の適応となり、腫瘍内科との共同の治療をされ、
根治という事は不可能なので、延命を目的とした抗がん剤治療をされたのでしょう。


その後、慶応義塾大学病院に転移され、本格的な標準治療を受けられます。


5月29日。
入院先からご自宅へ帰宅。


6月22日夜。
ご自宅にて息を引き取られました。



海老蔵さんの会見はこちらから。




 
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まとめ




今回は、小林麻央さんの乳がん発覚から闘病生活、ご逝去に至るまでをまとめました。

34歳。
子供たちのためにも、まだまだやり残したこと、思い残したこともたくさんあったでしょう。
誰よりも麻央さん本人が悔しいはず。

そして、ご家族も、子供たちも、
今まで傍にいた大切な人が、いきなりいなくなる悲しみは、きっと想像を絶するものでしょう。

年齢が近いせいか、そんな気持ちを考えると、涙が出ます。

友達でもない、ましては、話したことも直接見たこともない。
それでも、麻央さんの死がずっしり心に響き、なんだか切なく悲しくなります。


闘病生活は、きっと苦しく辛かったことでしょう。

心からご冥福をお祈りするとともに、
残されたご家族の悲しみが少しでも癒えることを祈ります。

麻央さん、お疲れ様でした。
 
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